チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 12

徳仁翁は笑いながら、左指で自分の眉間を指し、続いて胸口で印を結ぶことで、方新が知恵者であることを表しながら言った。

「現在のいわゆる四方廟はすでに後代の人々が先人の遺した詩集や歴史書から得た曖昧な概念で、ただチベット密教ニンマ派の教義の中にのみ、このような名称が残っているにすぎない。そのためその後にできたカギュ派もサキャ派なども根拠が弱いと言い、その四方廟が存在するという説をすでに捨て去ってしまった。そしてニンマ派の四方廟という言葉の語源はボン教にあり、そのため他の教派がこの説を受け入れられないというわけだ。事実上、我々の祖先が言う四方廟は、大法王が悟りを得て、教義を広めた際、聖山四面の四つの廟に留まったわけだ。法王は極東、極西、極南、極北という言い方を取らず、仏教の教義に従い、卍の折れ曲がる所を採用した。ニンマ派の記載では、それぞれタンルカンブ(当惹貢布)、ドゥグラカン(徳格拉康)、ベンリザンソン(本利蔵松)、サグラム(色果拉姆)と呼ぶ。私の推測ではこの四つの名称は西北の●真格傑寺(●は糸へんにヰ)、西南の格薩拉康寺、東北の布曲、東南の色吉拉康を代表している。そしてグーバ族が代々守護してきたのは、その正統四方廟なのだ。」

 

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 11

方新の心の中にある疑念を見抜いた徳仁はそれに解説をした。 「我々の菩提祖心経に、グーバ族で墨に近づく者は黒くなり、大悪魔である賛魔の奴隷となり、吉祥天母に懲らしめられ、悪魔城を守らせられるとある。伝説ではあるが、その目的は世の人々を教化することにある。だがグーバ族の真の身分は四方廟の守護者であり、最後の一つ極南廟を見守る者だ。村の祭祀や儀礼は代々受け継がれており、彼らは唯一の南方聖廟への入口を知る者たちなのだ。だが教義は厳しく、いかなる者が南方聖廟に近づくことを禁じておる。そしてその不動明王咒が廟の前の守護神獣の体の上に刻まれている」

方新が聞いた。

「ですが、本当に四方廟は存在するのですか?私の知るところでは、四方廟のそれぞれの位置関係はきれいなシンメトリーにはなっておらず、建てられた年代もまちまちで、これらを一つのものとしてまとめて考えるのは難しいと思います。」

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 10

徳仁様が言った。

「その乞食が口の中で唱えていた言葉を、強巴拉が大体覚えていたようだ。私に聞かせてくれた。それは仏典の中でも非常に強い力を持つ魔を降し妖を除くー不動明王咒だ!」

「あっ!」

方新もその歌訣のような土着の言葉がおそらくある祭祀の祈祷文であることに気づいていたが、不動明王呪とは思わなかった。仏典の三大降魔密咒、不動明王咒、大悲呪咒、六道輪廻咒はともに仏典中の最高のもので、得道した高僧がはじめて静かで明らかな心でこの咒を修めることができ、それは信仰と地位身分の象徴であり、けしてあの乞食が習うことのできるようなものではない。あの乞食はなぜそれができるのか?方新の内心の疑念が表情にも現れていた。

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 9

張立は徳仁様が着いたことが分かった。振り返ると、小太りで矍鑠とした老人が門口に立っていた。徳仁様は髭を生やしておらず、容貌は卓木強巴と、まるで同じ鋳型から作ったようにそっくりで、頬が広く、眉と目は彼の慈愛を表しており、言葉からは威厳がにじみ出ており、人に親近感と畏敬の念を起こさせる。

徳仁は方新を抱擁し、暖炉の左側に座り、方新は彼に寄り添った。その隣は卓木強巴で、そのさらに下座に張立が座り、梅朵は暖炉の右側に座り、ラバがその側に立っている。

徳仁様の語り口はとても平淡ではあるが、いつも人に抗えない力を感じさせるーその彼が淡々と語った。

「あなたがたが見つけたその者を私も知っている。もしかしたらこれは天意かもしれね。グーバ族は遅かれ早かれ神の下す罰を受けなければならぬのじゃ。これは数千年前に決まっていたことなのだから」

方新教授が言った。

「おお。まさか徳仁様はとっくにグーバ族の行く末を予知しておられたのでしょうか?」

この問いかけは十分に誠意のこもったもので、全く皮肉な響きが感じられなかった。なぜなら方新は、この智者にとって多くの事が常智を超えていることをよく知っていたから。

 

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 8

方新は張立が落ち着き無くキョロキョロ観察しているのを見て、慌ただしく低い声で言った。

「キョロキョロするな。失礼だろう」

暫くすると、あのラバという年取ったチベット人が入って来て、チベット語で梅朵に挨拶すると、強巴に言った。

「強巴坊ちゃん、お父様が呼んでいます」

強巴坊ちゃんは母に向かい舌を出し、変顔をしてみせた。その表情は明らかに

「また怒られる」と言っていた。

彼の母は彼に何か慰めのような言葉をかけると、卓木強巴は不機嫌な様子で部屋を出て行った。

しばらくすると、しわがれた声が、部屋の外にもかかわらず、はっきりした中国語で言った。

「方新教授、強巴拉の奴が大変失礼しました。あなたをこんなにも長い間お待たせしたことを私に黙っているとは。」

方新は慌ただしく立ち上がると外から言った。

「徳仁様、ご無沙汰してます。お会いしたかったです。」

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 7

三人は居間に来ると、あぐらをかいて座り、梅朵は茶を出して客人を手招きし、方新は両手でそれを受け、張立も真似して茶碗を受けた。

卓、方、梅の三人は気持ちよくおしゃべりを続け、張立は周囲を観察した。この小部屋は古いチベット住宅の特徴を保っており、構造はシンプルだが装飾がとても派手だ。黄色の金壁は照明に照らされて輝き、暖炉上方の壁には八宝吉祥が描かれ、残りの部分には釈迦牟尼や菩薩の画像、部屋の頂きにも菩薩が描かれ、建物内部のすべての壁が金ピカと言える。十分手の込んだ彫刻を施された漆金家具は壁に置かれたチベットダンスで、小さな仏壇の上方には経文が彫られており、一つとして主人の豪華さを表していないものはなかった。地面には敷布団を敷くチベット毛布があり、毛布にも仏教の物語を説明する図が刺繍されていた。だがこの部屋は張立が見た別のチベット部屋とは異なり、ソファーやテレビなどの現代家電製品が置かれてなかった。

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 6

この時、卓木強巴が一人のチベット女性を伴って出て来た。彼女は普通のチベット族の女性同様頭には頭巾を纏い、チベット服を来て、顔には若干シワが刻まれているが満面の笑みで、自分より頭一つ分は高い卓木強巴の側に寄り添ってるのだ。その一瞬で、張立は心が震えた。幸福とは何か。彼はそのチベット族の女性の顔からはっきりと読み取ることができたから。

卓木強巴はそのチベット族の女性の手を取り、遠くにいる方新を指差して言った。

「お母さん、屯那!」

その女性は嬉しそうに言った。

「あ、放行扎西、扎西徳勒」

方新も答えて言った。

「扎西徳勒、梅朵莫布、切譲介微伽布穷」

三人はチベット語で話したので張立はそこに立ってはいたが、一言も聞き取ることができなかった。卓木強巴は彼が気まずそうなのを見て側で説明してやった。

「私の母は中国語がはなせないんだ。」その後梅朵が言った。

「亜佩許店家」

卓木強巴がやっと言った。

「母はみなさんにお座りくださいと言っています」

三人はロビーに来て、あぐらをかいて座った。

 

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 5

方新が説明した。

「これこそが、大智者の地位を抜きん出させたルールなんだ。だからこそ徳仁翁は南方で非常に影響力がおありなのだよ。」

張立が言った。

「強巴坊ちゃんは少しお父さんが怖いようですね」

方新は大声で笑いながら言った。

「少しなんてもんじゃない。とても怖がっているよ。子供の時からこんな厳しい規則でがんじがらめにされて、卓木強巴が何か間違いをやればきっと厳しい罰を受け、例え体の傷が癒えても心の傷は言えないものだ」

張立は「うーん」と唸ってから続けた。

「まさか徳仁翁は強巴坊ちゃんよりもすごいのですか?」

彼は卓木強巴の体形を思い出し、頭の中に徳仁翁のイメージを思い描いた。

方新は言った。

「いや。徳仁様はけして卓木強巴より背が高いわけではない。彼は私と同じぐらいの背格好の老人だよ。」

「それでも強巴坊ちゃんはそんなに恐れているのですか?」

張立は納得できなかった。

方新は言った。

「それは一種の威厳で、一種の智慧に満ちた威厳で、言葉で説明するのは難しい。もし機会があったら直接徳仁様に会えるかもしれない。そうすれば君も私の言ってる意味が分かるよ。」

 

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 4

卓木強巴は顔色が一変し、ある種諦らめの表情でつぶやいた。

「父は家にいるのか?教授、張隊長、ここで待っていてください。私は母に会いにいきます。」

張立は地面を見て、また四方の庭壁の灯火を見て、不思議そうに言った。

「どうして暗くなってから掃除をするのですか?」

方新が説明してやった。

「お昼どきは庭先は人がいっぱいでね。彼らは皆、智者の話を聞きに来るのだ。君の団長もここで福を賜ったことがあるんだぞ」

張立は卓木強巴が行った方向と年老いたチベット人ラバの行った方向が違うのを見て不思議そうに尋ねた。

「強巴坊ちゃんのお父さんとお母さんは一緒にいないのですか?」

方新が言った。

「これは彼らの家族のルールで、たとえ実の妻や子供でも徳仁様に会うにはまず徳仁に知らせて、徳仁が同意したら会うことができるんだ。」

「えっ!」張立が驚いて言った。「なんてルールだ!」

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チベット・コード 第二章 ダワヌツォの智者 3

方新教授はチベット密教、チベット聖域、チベット史方面で専門的学術研究があり、これらはいずれもチベッタン・マスチフを研究する時に積み重ねた経験で、しかもほとんどが徳仁から得られたものだ。

卓木強巴の案内で、張立は2時間近く車を走らせやっとダワヌツォに着いた。この時、空はもう漆黒になっていた。車を止めると三人は卓木強巴の家に入った。入るとまず典型的なチベットの内庭があり、庭に入るとすぐ年老いたチベット人が庭を掃除しているのが見えた。周りにロウソクを灯して。卓木強巴が親しげに呼びかけた。

「ラバアク!」

その年老いたチベット人は濁った目で卓木強巴を見て、興奮して言った。

「坊ちゃん?強巴坊ちゃん?やっとお帰りになりましたか。会いたかったです。早く奥様にお会いください。奥様も坊ちゃんに会いたがってますよ。旦那様にお伝えします。」言うと、ホウキを置いて仏堂に向かった。

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