ヒカルの碁

 最近、子どもに日本語を教える関係でアニメにはまった。今はヒカルの碁を見ている。神の一手を極めんがため千年もの間、魂魄となり現世に留まり続ける佐為。そして佐為にとりつかれ佐為とともに神の一手を追い求めるヒカル。ヒカルはライバル塔矢亮の父、塔矢洋行が倒れた報せを受け慌てて彼の病室へ駆けつける。そしてヒカルは佐為のために塔矢名人にネットで佐為と碁を打たせることに成功する。

 「十段戦の間の気晴らしになるだろう」との名人の言葉に戸惑う佐為。そんな気持ちで打ってほしくない。佐為の気持ちに気付いたヒカルはついに名人に

 「もし佐為に負けたら引退する」という約束をさせてしまう。名人はどのような試合でも手抜きがない、常に真剣勝負ということなのだろう。アニメと馬鹿にできない。ストーリー構成も、エピソードもリアルで、一瞬も気が抜けない。全ての登場人物がぎりぎりまで真剣に努力をして生きていく姿に感動しまくり。

 このアニメから大きな力をもらった。

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ツァンヤン・ギャムツォ詩伝(3)

 上記三段からなる文章の作者に感謝しないわけにはいかない。もしこの三段がなかったら誰もツァンヤン・ギャムツォという名前など知らなかったはずだから。面白いことに、他の歴代ダライラマの名前を誰かに尋ねてみても答えられる人はほとんどいないだろう。ただ六世ダライラマ、ツァンヤン・ギャムツォだけは広く世に知られている。ちょうど我々中国人が清朝の歴代皇帝の年号を知っていても、彼ら皇帝の名前は、玄燁(げんよう)(康熙帝)、胤禎(いんてい)(雍正帝)など少数しか知らず、咸豊帝、同治帝の名前など誰も知らないのと同様だ。

 だから、上記の三段の文章に対する謝意は、少なくとも、これらのものが伝承されてきたこと、我々にツァンヤン・ギャムツォの名前を教えてくれたこと、我々にチベット密教に興味をもたせてくれたこと、に対してのものだ。

 そして、またただそれだけでしかないということでもある。なぜなら、この三段の文章はツァンヤン・ギャムツォとは全く関係がないから。いや、そう完全に断言できるわけでもない。少しは関係がある。ややこしいことこの上ないが、実はこの三段からなる文章は現代漢族の者が書いたにもかかわらず、ほとんどの人はツァンヤン・ギャムツォが書いたものと思っているのだ。 

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ツァンヤン・ギャムツォ詩伝(2)

 以上の三段からなる文章は、「ダライラマ6世の愛の歌」あるいは「ツァンヤン・ギャムツォの愛の詩」として広く世に知られている。

 ツァンヤン・ギャムツォ、この名前はほとんどの人が日常生活の中でなかなか目にすることのできない名前だ。明らかに少数民族固有の特徴を持っている。その通り。彼はチベット族で、チベット密教ゲールク派ダライラマ6世であり、そして彼は同時に「詩人」としても知られている。

 

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ツァンヤン・ギャムツォ詩伝(1)

 昼食後、職場近くの本屋で「ツァンヤン・ギャムツォ詩伝」を見つけた。以前から気になっていた人物とその詩だ。今日から少し訳します。

 1

 あの夜、わたしが一晩中梵唱を聞いたのは悟りのためではなく、ただあなたの息遣いを尋ねんがため。

 あの月、わたしがすべての経典をひも解いたのは成仏のためではなく、ただあなたの指に触れんがため。

 あの年に、わたしが頭を地に打ちつけたのは仏を礼拝するためではなく、ただあなたの温もりを感じんがため。

 あの世で、わたしが十万もの大山をひっくり返したのは来世のためではなく、ただ道であなたに出逢うため。

 あの一瞬、わたしが羽化登仙したのは長生のためではなく、ただあなたを平穏無事に守らんがため。

 2

 あの日、経殿で立ち込めるお香の中、目を閉じると、あなたの唱えるマントラが聞こえた。 

 あの月、わたしがすべての経典揺らしたのは成仏のためではなく、ただあなたの指に触れんがため。

 あの年に、わたしが頭を山道に打ちつけたのは勤行のためではなく、ただあなたの温もりを感じんがため。

 あの世で、わたしが山を転じ水を転じ仏塔を転じたのは来世のためではなく、ただ道であなたに出逢うため。

 3

 あの時、わたしが風馬に飛び乗ったのは福を祈るためではなく、ただあなたが来るのを迎えんがため。

 あの日、わたしがマニを積んだのは、徳を修めるためではなく、ただ湖に石を投げんがため。

 あの月、わたしがすべての経典揺らしたのは成仏のためではなく、ただあなたの指に触れんがため。

 あの年に、わたしが頭を山道に打ちつけたのは勤行のためではなく、ただあなたの温もりを感じんがため。

 あの世で、わたしが山を転じたのはただ道すがらあなたに出逢わんがため。

 

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福島第一原発放射能漏れ

ブログで知人が、彼女の知り合いが福島県に住んでおり心配していたがやっと連絡がとれて安心したと書かれているのを拝見。この彼女の知り合いの方は私とも若干の関係がある方なので私も安心。そしてその時やっと両親が住んでいる新潟も福島県の隣県だったことに気がついた。おもわず机上の地図張で原発の位置を確認。とっさには分からずグーグルマップで検索。原発は太平洋に面した場所にあることを確認。両親の住んでいる所と原発との距離はおよそ150キロ。思わず胸を撫で下ろした。福島県にお住いの方は本当に大変だと思います。皆様が一刻も早く以前の生活に戻れますように心よりお祈りしております。

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鋼の錬金術師

 

日本が大変なことになっている。未曾有の大災害。日本のみなさん頑張ってください。

 気分転換に「鋼の錬金術師」を見た。第9話で、自分が兄エドが作り出した傀儡ではないのかという疑いを持つアル。それを聞き激怒するウィニー。ウィニーは知っていたから。

 エドが禁断の人体錬成をやろうとした際、等価交換の原則により右腕、左足を持っていかれ、また弟のアルは身体ごと持っていかれた。エドはとっさにアルの魂を卓越した錬金術の技術によりそばにあった鉄製のロボットに定着させた。朦朧とした意識のエドを看病するウィニーは、エドがうなされながら「アルは食べることも眠ることも、痛みを感じることさえできなくなっちまった。アルは絶対俺を恨んでいる」と何度もつぶやく。ここを見た時、いまのエドの気持ちがいつもの自分と重なって涙がとめどもなく溢れてきた。私がエドのようで、○○はアルのようだ。

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「新民週刊」を読む(2)

 その後、太康市張集鎮は職員を三亜に派遣しこの物乞い児童たちを保護させた。2月14日、海南省の関係部門及び市民が見守る中、子供たちは帰途に着いた。ちょうど同じ頃、「新民週刊」の記者も太康県へ赴いた。この子どもたちは皆、実の両親から「俳優招聘契約」を締結する形で雑技集団の経営者に貸し出されたという情報を受け取ったからだ。雑技とは名ばかりで実際は物乞いをやらされ、報酬として両親は毎月数百元から1000元を手に入れる。だが子どもたちは物乞いに従事しる期間中、常に暴力と脅しを受け続ける。

 太康県は河南省民間芸術(雑技)の郷で、「新民週刊」が受け取った情報ではこの8人の子供たちは氷山の一角に過ぎず、上述の状況は太康県ならどこでも普遍的に存在するというものだ。

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